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師走とこの曲は関係ない。 

 今日で11月も終わりなのだなあ。明日から師走だが今夜から風雨が強くなるようだ。低気圧に向かって南風が吹き込み、明日は記録的に暖かい師走の入りになるかもしれないと天気予報でいっていた。

 そう言えば今年の冬は関東地方で「木枯し1号」が吹かなかったようだ。木枯し1号というのは10月半ばから11月末までに吹く最大風速が8m/s以上の北寄りの風のことだが、今日中に吹かなければ今年はなかったということになる。誰も気にしてはいないだろうが。

 とにかく今年も残りあと1か月だ。




この「天国への階段」がロック史に残る名曲だということに異論のある人は少ないだろう。しかし聴くたびに思うがその歌詞は抽象的で極めて難解だ。ここに出てくる「彼女」とは誰のことなのだろう。誰かや何かを比喩的に表しているのだろうか。世の中にはいくら金を積んでも手に入れられないものがあるということを言いたいのか。それは時間か、命か、平和か、愛か、幸福か、信仰か、それともそれ以外のものか。



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人生は冬の日 

 自宅の近くにこんな散歩道があったらといつも思う。

 今日「歩く人」というテレビ番組を見ていたら、篠ノ井線の姨捨駅から見下ろした千曲川と千曲市の町並みがとてもきれいで、ぜひ一度訪れたいと思った。昼間も夜景も共に美しい。

 自分が見ていた古い地図には千曲市が載っておらずおかしいなと思っていたら、千曲市は更埴市や戸倉町や上山田町などが2003年に合併してできた比較的新しい市だった。地図が古すぎるのである。

 この辺りは杏の産地だが、老いた老人を山に捨てるという「姨捨伝説」でも知られたところだ。また「田毎の月」という美しい棚田の風景でも有名だ。

 行きたい場所はたくさんあるけれど、時間は無限ではない。






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散っていく樹々 

 立憲民主党の代表選挙で泉健太氏が選出され新代表に就任した。しかし個人的には4人のうち誰がなったとしても、あまり新鮮味も驚きも感じられなかっただろうし、期待感もいま一つだ。

 議席を減らした衆院選後だけに誰がなっても党運営は簡単ではないだろう。とくに共産党との選挙協力や閣外協力を今後どうするのかは曖昧にすべきではなく、方針を明確に示すべきだ。これも個人的には「連合」と距離を置くか縁を切った方がいいような気がするが。どっちつかずの立ち位置をとると、どちらの支持者も離れていくだろう。

 枝野体制では「自民党の批判しか言わない立憲民主党」と不評だったのだから、党の政策を明確にして国民に訴えることこそが第一ではあるまいか。それも具体的で実現可能な内容でなければ国民は納得しない。

 面白いことが書いてあった。立憲の泉新代表と、共産党の志位委員長と、自民党の岸田首相の3人の誕生日がともに7月29日で同じなのだそうだ。単なる偶然だろうが、確率的にはかなり珍しいことではあるまいか。だからどうだということもないが。


20211129_124414公園B

20211129_124422公園A

近くの公園のイチョウはすでにほとんど散っていた。



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「あーあああ~やんなっちゃった。」と歌いたくなってくる。 

 新型コロナウイルスの感染者数はひところに比べて減少し、繁華街の人出は戻りつつある。このままコロナ禍が落ち着けば景気回復の期待は高まるが、今秋は値上げラッシュのうえ、原油価格も高騰が収まらない。そこに円安が重なり、輸入品価格の上昇も懸念される。庶民生活は増々苦しくなるばかりだ。コロナ後の「リベンジ消費」などというゆとりのある家庭は少ないのではあるまいか。

 この秋以降食料品は軒並み値上げされ、1世帯(2人以上)当たりの消費支出は減少。総務省の家計調査によると、直近統計の9月は26万5306円で前年に比べ実質1.9%減った。8月に続き2カ月連続のマイナスだ。物価が上がっても賃金が上がればそれほど影響はないが、賃金は上がるどころか逆に下がっている。

 民間給与実態統計調査(国税庁)によると、平均給与は1971年に105万7000円と初めて100万円を突破。4年後の75年に200万円を超え、その6年後の81年に300万円に達した。元号が平成に変わった89年に400万円に到達。90年代は平均給与は460万円前後を維持していたが、ここをピークに2009年までほぼ一直線に下降していく。13年からは上昇傾向となるが、19年に再び下落。一昨年は433万3000円で、97年のピーク時には遠く及ばない。

01-01-08-02 給与の推移グラフ50


 OECD(経済協力開発機構)が出している2020年の年間平均賃金で日本は3万8515ドル(約439万円)。アメリカの6万9392ドル(約791万円)と比べても明らかに低い。30年前と比べるとアメリカは48%増だが、日本は4%しか増えていないのだ。 日本は、韓国の4万1960ドル(約478万円)やスロベニアの4万1445ドル(約472万円)、イスラエルの3万9322ドル(約448万円)より少ないのである。これでは「経済大国」「富裕国」などとはとても言えない。これが今の日本の現実だ。

 コロナ禍で外食業は大ピンチに陥り、倒産が続出した。東京商工リサーチによると、新型コロナの関連倒産は2420件(11月12日時点)。10月は過去最悪の164件を記録している。失業者も増え続けている。労働力調査(総務省)によると9月の完全失業率は2.8%。6月2.9%で、7月2.8%、8月2.8%と高止まりだ。年間ベースでは18年、19年とも2.4%なので失業率は間違いなく上昇している。非正規が増えているのも問題で、雇用者全体に占める非正規の割合は、90年ごろは約20%だったが、20年は37%強に達している。そして非正規雇用の労働者は不景気になると雇用の調整弁として簡単に解雇される。

 ガソリンの価格の高騰も続いているが、原油高の影響で電気代は毎月のようにアップし、11月の標準家庭の電気料金(東京電力)は1月に比べ1000円も値上がりしている。今後も原油高による値上げは続きそうだが、ガソリン代の上昇でネット通販の配送代はアップするだろうし、船の燃料代が上がれば魚介類の値段は上がる。ハウス栽培の野菜の価格も上がる。食料品の値上げは家計にもっとも響くだろう。


 こうしてみると明るい話題は何もない。「お先真っ暗」である。こんな時に逮捕された日大の田中理事長が自宅に1億円以上もの現金を隠していたなどと聞くと、本当に怒りがこみあげてくる。「救い主」や「正義の味方」は一体いつになったら現れるのか。





 

 

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同類の人たち。 

 日本大学をめぐる背任事件に関連し、東京地検特捜部は29日、理事長の田中英壽容疑者を5300万円の脱税の疑いで逮捕した。逮捕前、田中容疑者は学内の会議で「井ノ口、籔本は捕まったけど、俺は逮捕されない」と嘯いていたらしい。日大をめぐっては、元理事の井ノ口忠男被告(64)と医療法人グループ前理事長の籔本雅巳被告(61)の2人が、付属病院の建て替え工事などをめぐる背任の罪で起訴されている。これで悪党の主役たちは皆逮捕されたことになる。今後田中理事長が起訴されるのかどうかは分からないが、捜査は核心に近づいてきたようだ。

 しかし田中理事長の写真を見ると随分強面で、理事長というよりもまるで組長という雰囲気が濃厚だ。自身でもそう思っていたようだが、実際に山口組の組長と一緒に移った写真が報じられていた。反社会勢力ともつながりがあったのだろうか。すでに逮捕された薮本容疑者は安部元首相の「お友達」だったようだが。田中理事長は「逮捕されたら裏金のことも全部暴露する」と語っていたらしいが、政治家の中には田中理事長から違法な献金を貰った人間が大勢いるのかもしれない。だとしたら今頃戦々恐々としているだろう。しかしどうもこの問題はまだまだ奥が深そうである。自分にはまったく関係のない話ではあるけれど、悪党は裁かなければ駄目なのは当然だ。

 3年前の日大アメフト部の悪質タックル問題も監督の責任は追及されず有耶無耶なうちに終わってしまった。根っこにある問題はすべて田中理事長を頂点にした理事会の独裁的で歪な大学運営体制にある。一人に権力が集中する体制に利点など一つもなく、あるのは弊害だけだ。それはあらゆるところで証明されている。


 しかし「悪い人達」のネットワークはその広がりも規模も想像以上に大きいようだ。「類は友を呼ぶ」というが、結びつけるものは「金と権力」である。本来責任ある立場の人たちは今朝の空のように「清廉」でなければならないのに、そういう人は驚くほど少ない。


20211129_072431朝の空





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5分後のことは誰も分からない。 

 先日横浜でバスを待っていた人の列に車が突っ込んで女性二人が死亡した。逮捕された71才の男は事故当時の記憶がないと言っているようだ。居眠り運転でもしていたのではあるまいか。しかしこのところ暴走事故が本当に多い。歩道を歩いていても安心できない。コンビニや病院の待合室にいても突然車が突っ込んでくる。ほとんどがアクセルとブレーキを踏み間違えて駐車場から暴走してきた高齢者の車だ。政府、国会、自民党、国交省、公安委員会、警察、などがいつになっても有効な対策を取らないから事故は一向に無くならない。自動車メーカーが今すぐに安全な車が作れないならば、危険な高齢者が運転できない策を法的に講じるしかないではないか。政府が常に自動車メーカーや本来免許証を返納すべき高齢者にも寛容だから問題が一向に解決しない。理由は支持率や選挙時の票数や自動車産業からの政治献金や対策に伴う予算のことばかり考えているからだ。被害者はいつまでも理不尽な死に泣き寝入りするしかなくなる。


 今日の午前中に車で走っているときに交通事故を目にした。警察官が現場検証をしていたが、まだ起こった直後のようだった。乗用車が舗道に植えられた欅の木に激突してフロント部分が大破していた。単独事故のようだ。ドライバーと思しき人は遠目には若い女性のようだったが、幸いけがもないようだ。自分も頻繁に通る道路だが片側2車線で見通しもよく、なぜこのような事故が起きたのかよく分からない。しかし太い欅の木にぶつかって止まったのは幸いだった。欅の木は10m感覚くらいで植えてある。もしこの乗用車がその間を通り抜けていたら、おそらく歩道に突っ込んで歩行者が巻き添えになっただろう。駅にも近く普段から歩行者や散歩する人も多い場所である。人間は後ろからせまる危険には無防備だ。また通常は安全だと思える場所にいると、油断して周囲に警戒するようなこともない。しかし思う。100%安全な場所などどこにもない。

 高齢者が起こす暴走事故、高齢者が起こす火災、突然起こる通り魔殺人、台風や大雨で起きる洪水や土砂崩れ、事故が起きる瞬間まで多くの人はそのことに気付かない。


 自分の小学校時代の同級生の弟は、朝の通学路のトンネルの中を歩いている時に車にはねられて死んだ。中学生時代に同級生だった友人の兄夫婦は新婚旅行先のフランス上空で飛行機が墜落して死んだ。もう随分前に知人は仕事で軽自動車を運転中に、センターラインを越えて突っ込んできたトラックと正面衝突して死んだ。後には奥さんと幼い子供が残された。遺族はみなその理不尽な死を受け入れるしかない。怒ろうが賠償金を貰おうが死者は戻ってこない。時間は巻き戻すことは出来ないのだ。不慮の死を遂げる人は生き残る人に比べて圧倒的に少ないが、そんなことを言われても何の慰めにもならないし意味もない。

 確かに現代は原始時代に比べて格段に安全な社会になった。猛獣に襲われる恐怖もなくなったし、寒さで死ぬことも稀だ。感染症で死ぬ確率も激減した。しかし逆に昔には考えられなかったような原因で死ぬ人は多い。



 そんな事を考えながら車を走らせていたら新規開店の店を見つけた。24時間営業の餃子専門店だった。しかも無人販売の方式らしい。人手不足の昨今だが、今後このような店が増えていくのだろうか。最近無人のコンビニの実験店もあらわれたが、実店舗は無人、あとは宅配のみという事になったら、食事も買い物の風景も随分変わってくる。このところ自分の住む街でも新しい飲食店が随分開店した。今月自宅のすぐそばに味噌ラーメンの専門店ができた。駅周辺にはメロンパンの専門店やたこ焼きの店も出来た。

 コロナの状況も落ち着いてきたからなのか、長く空き店舗になっていた場所に開店する店もぼちぼち現れ始めた。オミクロン株の感染状況が今後どうなるかは不透明だ。岸田首相は今後1カ月程度、すべての外国人の入国を禁止するという措置を発表した。日本としてはこれまでにない強い措置のような気がして意外だったが、菅前政権の轍を踏まないようにしようということなのかもしれない。多くの国民も歓迎するだろうが、来年の参院選対策の意味合いもあるのだろうか。しかし国民は2年間もコロナに振り回されて、もういい加減にしてくれと思っているだろう。




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地図を見ていた。 

 昨日庭仕事をしているときによろけて尻餅をつき、はずみで腰を打ってしまった。幸い大事には至らなかったが、今朝もまだ痛いので湿布をしている。体力を過信してはだめだとつくづく思う。気持ちは若くても体は正直である。とくに自分のように若い時からスポーツなど何もやってこなかった人間の体力は年相応にいやそれ以上に衰えている。最近少しハードな作業をするとそれを実感する。それで昨日は午後大事を取って横になっていたので久しぶりに読書が捗った。


 読んでいた本に戦後間もなくの都内の様子が描かれていたので、都内の地図を出してきて見ていたのだが、そのうちこの地図の方に夢中になってきた。若いころから地図を見るのが大好きなのだ。地図を見ているとまったく飽きることがなく、気がつくと1時間も経っていたなどということがざらにある。文庫サイズの地図は寝ながらでもとても見やすいし、以前都内に出かけるときは必ず携帯していた。今の若い人はスマホのナビで見るのだろうが、自分はそれが苦手なのである。根っからの「紙派」なのだ。


 都内の地図を見ていて気がついたことがある。かつて頻繁に行ったことがある地域とほとんど行ったことがない地域にはっきり二分されているということに。たとえば23区で見ると、渋谷・新宿・杉並・中野・豊島・千代田・世田谷・港・中央といった西寄りの区はよくいった場所だが、それ以外の区はほとんど足を踏み入れていない。とくに山手線の東側はまったく不案内だ。特別な理由があったわけではない。よく行った場所は自分が住んでいたり職場や学校があったり遊び場所があったりしたというだけのことだ。ディズニーランドも国技館も上野動物園も羽田空港もみなそれほど興味がなかったのでそれらがある区にも出かけていない。寅さんの生地の葛飾柴又も行ったことがない。

 都内に10年以上住み、その後今いる埼玉県から都内に30年も通勤しながら、やはり行かないところは相変わらず行かないままだった。逆に東京都でも西側のいわゆる「三多摩地区」にはよく行った。奥多摩や秋川にはよく釣りにいったからだ。この「三多摩地区」という言葉をよく使いながら深く考えたことがなかった。知らなかったが三多摩地域はかつて神奈川県に所属していたのだという。三多摩とは「旧北多摩郡」「旧南多摩郡」「旧西多摩郡」の総称である。

 「北多摩」は武蔵野・調布・府中・小平・国立・国分寺・立川・昭島・東久留米・西東京・清瀬・武蔵村山などの各市、「南多摩」は八王子・日野・町田・多摩・稲城、「西多摩」は青梅・福生・羽村・あきる野・奥多摩・瑞穂町・檜原村・日の出村などの自治体で構成されている。つまり「東多摩」という区分はないので「四多摩」ではなく「三多摩」になるのである。

 東京都のうち23区以外を「東京都下」と呼んだりする。つまり東京都下には三多摩地区と島嶼部(伊豆諸島・小笠原諸島)があるということになる。何だか23区よりも下に見ている感じがするが、実際そうだったのかもしれない。戦前は三多摩や島嶼部には農業・林業・漁業以外の産業はほとんどなかったのだろうから。高度成長期以降にやっと観光産業が見直されるようになりベッドタウンとしても発展してきた。


 まあそんなことを考えながら地図を見ていた。しかし人間の行動範囲には法則性みたいなものがあるのだろうか。自分の住まいの周辺を考えても、普段から行く場所や通りは頻繁に行くが、行かないところはまったく行かない。その違いや理由はよく分からない。そのことに大して意味もあるようには思えないが。そう言えば奥多摩地区の紅葉ももう見頃は過ぎてしまっただろう。高尾山と御岳山に登りたいと、以前から家人と話しているのだが、いつになったら実現することやら。


20211129_072807地図



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この1年 

 新型コロナウイルスの新しく見つかった変異株「オミクロン株」の感染拡大への懸念から世界同時株安になっている。高騰していた原油先物価格もWTIが1バレル67ドルと3か月ぶりの安値になったのは皮肉だ。先週は確か80ドル以上だったと思うが。コロナウイルスの経済に与える影響は予想以上に大きい。中途半端な政府の石油備蓄の放出など増々影が薄くなる。


 今日の朝刊の一面は、徳島県の町立病院で10月31日にウイルスが発動して病院内のパソコンやサーバーなどがシステムダウンしたというニュースだった。「データを公開する」という英文の犯行声明が送られてきたそうだ。暗号化されたデータの復元と引き換えに金銭を要求するランサムウェア(身代金ウイルス)の被害らしい。今世界中で企業や組織が規模の大小を問わずこのウイルスの被害に遭っている。株価や業績に影響するから被害を受けてもその事実を公表したくないだろう。だから正確な被害の全貌は分からない。この病院では手作業で患者のカルテの復旧に当たっているようだが、しかしなぜ徳島県の田舎の町立病院が狙われたのか。不可解だ。


 アフガニスタンで長年にわたって医療活動や農業指導を行ってきた医師の中村哲さんが、12月4日に現地で何者かに銃撃されてから間もなく2年になる。前にも書いたが、その死を知ったのはU2のさいたま市での来日公演を聴きに行った当日の会場だった。いまだにその犯人は捕まっていない。今年8月末に米軍がアフガニスタンから撤退して情勢は大きく変わった。タリバンが再び政権を掌握し、ISの活動も再び活発になってテロも起きている。撤退時の不手際でバイデン政権の支持率も大きく下落して、来年の中間選挙も不安視されている。


 新型コロナウイルスの発生が世界に初めて報じられたのはあの中村医師の事件のわずか1か月後だ。そしてその後の2年間世界はこのウイルスに大きく翻弄されてきた。2年経っても感染が収まらずに逆に拡大している国も多い。感染力が強くワクチンの効果が低いと言われる変異株まで登場してきた。ウイルスの蔓延で市民の海外渡航や海外アーティストの来日も途絶えていたが、ようやく再開の兆しも出てきた矢先だった。しかし新しいオミクロン株への懸念から各国は入国制限を再び強化している。今後の感染状況もどうなるかはまったく分からない。アフガン情勢も安定しているとは言い難い。いま世界中であらゆる物価が高騰している。


 今年もあと1年足らずで終わるが、来年1年もどうなるかまったく見通せない。明るくならないということだけは間違いないような気がするのだが。そう言えばもうすぐ発表されるだろうが、今年1年の世相を表す漢字は何になるだろう。



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今日は寒い。 

 南アフリカで急拡大している新型コロナの新たな変異ウイルス「オミクロン株」について、岸田首相は「強い危機感を持って臨んでいる」と述べ、水際対策を強化することを明らかにした。デルタ株の次はオミクロンか。このオミクロン株はデルタ株に比べて感染力が強いと言われているが、今後このオミクロン株感染者が増えることで第6波につながるのだろうか。日本の水際対策は従来から甘いからちょっと心配なのだが。それと共に現在新規感染者が激減してきたことで、国民の危機意識がちょっと緩んでいるのが気がかりだ。


 相変わらず北海道ではサケが不漁だ。一時はサケ漁の網にサケが獲れずブリばかりというニュースがあったが、今度はサケの代わりにサバが大漁のようだ。羅臼漁港のサバの水揚げは例年の100倍だという。釣り船などではこういうのを「外道」と言ってあまり喜ばないのだが、サバでもブリでも獲れないよりは獲れたほうがいいのはもちろんだ。原油価格の高騰で燃料費の負担も大変なのだから。

 「寒ブリ」というくらいで、ブリはこれからの時期が脂がのって美味しい。サバも大きいサイズなら同じように脂がのって美味しいはずだ。ほとんどの魚は冬が一年のうちで一番美味しい。今年の秋は満足にサンマを食べることが出来なかった。スーパーには小さくて痩せた見るからに貧弱なサンマしか並んでおらず、買う気にもならなかった。サンマが豊漁になることは今後もう二度とないのだろうか。それとも一定のサイクルで魚種交代が起こって、これまでのようにたくさん獲れるようになるだろうか。


 今日は朝から北風が吹いて寒かった。これがこの時期の本来の陽気なのかもしれないが。北海道では早くも大雪になっている。この時期としては去年の2倍の積雪だという。やはり気象庁の予測通り、ラニーニャ現象の影響でこの冬は「寒さと大雪の冬」になりそうな予感だ。雪国には出かけないのでスタッドレスタイヤに交換する必要はないし、除雪用のスコップも去年までに買い揃えてある。しかし関東でもこの冬は積雪があるだろうか。雪かきを考えると腰痛持ちの身としては気が重い。最近自宅の隣で2世帯続けて高齢者亡くなり1軒は更地になり、もう1軒も来月取り壊される予定だ。自治会の班は自分の家を入れて3軒だけになってしまった。新たに若い家族が購入して住むようになってくれれば、近隣の除雪作業も心強いのだけれど。


 それにしても今年もいよいよ残り少なくなってきた。


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炭鉱事故と石炭火力発電のこと。 

 ロシアシベリア地域の炭鉱で25日火災があり、少なくとも52人が死亡し、同国最悪の炭鉱事故となっている。事故があったのは、モスクワの東約3500キロにあるケメロヴォ州のリストヴァシュナヤ鉱山。当局などによると、25日午前8時半ごろ、通気口内で石炭のちりが発火し、坑内に煙が充満した。炭鉱で働いていた285人の大半は、事故発生直後に避難した。

 坑内には数十人が取り残されたとされ、救助作業が行われたが、この日の日没までに救出することはできなかった。現場ではメタンガスが危険なレベルで検知され、爆発の恐れもあることから救助活動が中断された。ところが、救助隊の1隊が坑内から戻らず、その後に隊員3人の死体が発見された。報道によると、窒息死したとみられる。ロシアのメディアは複数の当局者の話として、坑内に残された人の生存は絶望的で、死者は50人以上に上っていると伝えた。うち6人は救助隊員だという。


 このニュースを聞いて、かつて日本でも同様の炭鉱事故が起こっていたことを思い出した。この「石炭のちりに発火し」というのは「炭塵爆発」と呼ばれている。空気中の炭塵は何かの火花で容易に発火・爆発する。1963年11月9日に福岡県大牟田市の三井三池炭鉱で発生した炭塵爆発では、死者458人、一酸化炭素中毒患者839名いう戦後最悪の大規模炭鉱事故になった。これらの被害者の補償は1998年に最高裁で確定するまで30年間も争われた。この事故をきっかけに三井三池炭鉱は力を失って閉山に追い込まれることになる。

 当時の炭鉱は典型的な危険な職場環境だった。現在なら3Kの見本のようなものだ。地下数百メートルという場所で事故が起こっても救出は困難で時間もかかる。坑内には有毒ガスが充満しているからすぐに救助に行きたくても行くことが出来ない。危険な閉鎖空間というばかりでなく、当時は労使の対立も激しかった。効率のみを優先し安全を軽視する企業体質も事故に結び付く大きな要因だった。その後も1965年には三井山野炭鉱ガス爆発事故では237人が死亡し、1981年10月16日には北炭夕張新炭鉱のガス突出事故では93人が死亡した。

 日本の石炭産業はこのような多くの犠牲の上に成り立ってきたのである。1952年には日本国内に1047もの炭鉱があり、最盛期の1940年には年間5600万トンも生産していたが、その後衰退し現在はわずかに北海道の釧路や石狩で年間120万トンが生産されているだけだ。しかし日本の発電の電源構成比を見ると未だに石炭火力発電は30%もある。石炭火力全廃が世界の趨勢だが、果たして日本が2030年までに石炭を全廃することが出来るかどうか。おそらく難しいのではあるまいか。現在日本はオーストラリア、インドネシア、中国、ロシアなどから年間1億8000万トンの石炭をを輸入している。オーストラリアなどはほとんどが露天掘りだが、日本の石炭は質はいいが地下深くにしかない。だから採掘にコストがかかり危険も伴う。それが石炭産業が衰退した理由でもある。


 今回のロシアの炭鉱事故のニュースを聞いて自分がまだ子供だった頃の日本の炭鉱事故のことを思い出した。しかし今「ボタ山」などと言っても、多くの若い人は分からないのだろう。





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国民の生活 

 「岸田文雄首相は2022年春闘に向け、経済界に『3%賃上げ』を要請する方針を固めた。複数の政府関係者が25日、明らかにした。首相は第2次安倍政権で定着した『官製春闘』を継承し、自身が重視する分配政策の具体化を図る。」


 このようなニュースを見たが、経済団体や大企業に「お願い」ベースで要請したところで労働者の賃金が簡単に上がるわけがない。このような方針など来夏の参院選にむけた口先だけの国民向けポーズに過ぎない。「分配政策」とは一体どんな政策なのだろう。安倍が散々言っていた「トリクルダウン」など、いつになっても庶民のところまで届かなかったが、岸田首相の「分配」は国民全員に平等に回るのだろうか?

 しかし本当にやる気があるなら、もっと実効性のある方法を取らなければ絵に描いた餅に終わるだけだ。たとえば内部留保が潤沢にあり賃上げできる余力が十分ありながら、賃上げを渋る大企業は法人税を上げるとかの方法だ。しかしつねに大企業優先の自公政権がそんなことは金輪際やるまい。

賃金上昇率B35

 このグラフは「G20の先進国における2008-2019年の実質賃金平均指標(基準年=2008年)」だ。

 韓国は20%、ドイツは15%、オーストラリアやアメリカも10%も上昇しているのに、日本をはじめイギリス、イタリアは逆に10年前よりも減少している。



 長く続いた安倍政権が調子のいいことばかり言いながら大企業優先を続けてきた結果、国民の生活は年々厳しくなってきたのが、このグラフを見ても一目瞭然だ。潤っているのは一部の富裕者層と大企業だけで、多くの国民の生活は変わらないどころか逆に悪くなっているのである。これを「悪政」と呼ばずして何と呼んだらいいのか。このような中で国会議員も地方議員も、優遇されている既得権を最大限に行使するばかりか不法なことばかりやっている。馬鹿を見ているのは所得の少ない国民だけだ。おまけにこのところの物価高で「庶民」の暮らしは増々苦しくなっている。


 リタイヤした自分にとって賃金の上昇などはすでに無縁になっているが、国民のための政治を一向にやらない政権に対する怒りは収まらない。今回の衆院選に無頓着だった人も来夏の参院選には正しい民意を政府に示してほしいものだ。自公政治も今の政治体制も明らかに間違っている。なぜ日本はこれほど貧しいのか。選挙で明確に民意を示さないかぎり、政府と大企業が結託したこの容認しがたい状況は何ひとつ変わらない。








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馬のこと。 

 唐突な話題だけれど、現代の日本人の多くにとって馬というのはそれほど身近な動物ではない。競馬が大好きな人や、北海道の牧場で働いているような人を除いて。

 もちろん自分は馬に乗ったことなどないし、最も近くで馬を見たのは大学の乗馬クラブの馬場の脇を通ったときくらいだ。日本人も戦国時代くらいまでは日常生活や合戦のときなどに馬が不可欠だったかもしれないが、今は馬を飼う人などいない。現在でも最も馬が人間の生活に入り込んでいる国はどこだろう。アメリカだろうか。アルゼンチンか、それとももっと別の国だろうか。


 「wildfire」というのは山火事のことだが、マイケル・マーフィーの歌に出てくる「wildfire」は馬の名前だ。アメリカの中西部の田舎では今でも馬が生活に不可欠の動物なのかもしれない。





 アメリカの「名前のない馬」は1972年のヒット曲。当時ラジオをつけるとこの曲とニールヤングの「ハート・オブ・ゴールド」が頻繁にかかっていたのを思い出す。マイケル・マーフィーのことは知らなくてもアメリカのこの曲はよく知られているだろう。この曲は馬に乗って砂漠を旅する男の話だ。余談だがこの歌詞の「horse」とは薬物の隠語だなどと書かれたものがあった。ドラッグをやりながら旅(トリップ)をしているという意味だろうか。真偽は分からないが。因みに楽譜を見るとこの曲には何とEm7とD6という二つのコードしか使われていない。とてもシンプルなメロディーラインなのだ。よく聴かないとわからないかもしれないが。ギターの初心者にとって最適なカバー曲と言える。




 コーマック・マッカーシーの小説「すべての美しい馬」は馬と心を通わせることの出来る少女の物語なのだが、買ったまま長らく積読状態になっている。この作品は映画化もされている。何年か前にコーマック・マッカーシーの「ザ・ロード」という作品を読んでとてもよかったのでこれも読もうと思いながら延び延びになっているのだ。「すべての美しい馬」も映画化されている。現在88歳のマッカーシーはアメリカではすでに「大家」と呼ばれるような作家で全米図書賞やピューリッツァー賞も受賞している。フィリップ・ロスやドン・デリーロ、トマス・ピンチョンなどと並ぶ現代アメリカ文学を代表する小説家の一人だ。


 こーまっくまっかーしー馬



 なぜ馬の話になったのか分からないが、とにかく馬の話になってしまった。





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今日は庭仕事をする。 

 米や日本など複数の国が、石油の価格高騰を抑えるために備蓄している石油を放出する方針を発表したが、それが産油国の反発を招くのではないかという憶測から逆に原油先物価格が上がってしまった。この先どうなることやら。この冬の灯油価格が去年の1.5倍だと今朝のニュースで言っていた。寒くなる冬に向かって大変な状況になってきたが、長期予報でもこの冬はラニーニャ現象の影響で寒くなり雪も多いと言っている。昨日札幌ではすでにかなり積雪しており、市民が雪かきをする姿が映されていた。


  ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの専門家が英国政府の依頼で調査した報告書で、イカやタコのような頭足類と、カニやザリガニのような十脚類は「知覚のある存在」として分類されるべきだと発表した、とCNNが23日に報道した。同報告書はまた、「従ってこれらの頭足類と十脚類を生きたまま沸騰した湯に入れて煮ないよう」勧めた。 ジャック・ゴールドスミス英動物福祉相は「科学は頭足類と十脚類も苦痛を感じるということを明確にしている。これからは彼らが動物福祉法の適用対象になるというのが正しい」と述べた。今後動物愛護団体などから批判が出たり、反対デモが起きたりするのだろうか。報告書は茹でる前に電気ショックなどで気絶されるべきだとも述べている。しかし日本のように生きたまま魚を食べる「踊り食い」などは今後議論を呼びそうだ。野蛮人などと言われるかもしれない。一つ勉強になったことがある。タコやイカは「頭足類」、カニやロブスターは「十脚類」と呼ぶのである。


 韓国で新型コロナウイルスの新規感染者が急増している。昨日の新規感染者は4000人を超えて過去最多になった。一方の日本では昨日は76人だ。この差は一体何が要因なのだろう。ワクチン接種率は日本の76.4%に対して79.1%と韓国の方が高い。日本と同じように国民はマスクもしている。インタビューされた韓国国民は「日本の感染者の急減は不思議」と話していた。日本の専門家もその理由がつかみ切れていないらしい。正に「不思議」なのだ。欧州でも新規感染者は爆発的に増えている。ワクチン接種者が感染する「ブレイクスルー感染」が増えている。未接種の児童が感染を拡大させているという指摘もあるが。日本でもブースター接種と呼ばれる3回目の接種が近々始まりそうだ。


 世界保健機関(WHO)は24日、新型コロナウイルスの変異株「デルタ株」に対するワクチンの感染予防効果は約40%であると指摘し、人々がワクチンに対して持つ過信について警告した。ワクチンの感染予防効果は意外と低いのである。これでは新規感染者が急減してもまったく安心はできない。日本では観光地や旅行に出かける人たちが早くも増えているが、年末年始の人々の行動が心配だ。




 4期16年にわたりドイツを率い、近く政界を引退するアンゲラ・メルケル首相(67)だが、メルケル氏の素顔に迫った評伝 『メルケル 世界一の宰相』 に書かれた、当時のオバマ大統領とメルケル氏の興味深いエピソードがある。


 『オバマに対するメルケルの第一印象は、「生き急いでいる若者」というものだった。若くカリスマ性のある演説で脚光を浴びるその姿が、キング牧師やケネディ大統領の演説を真似しているように見えたからだ。質実剛健なメルケルからすると、オバマには謙虚さという美徳が欠けている気がしたのだ。 

 もしかしたら、オバマへのちょっとした嫉妬もあったのかも知れない。聴衆を鼓舞するオバマをテレビ中継で見ていたメルケルは、言葉だけで多くの人をあれほどの歓喜の渦に巻き込むのは、自分にはできないと分かっていた。メルケルが演説を終えても、「愛している!」と叫んでくれる聴衆はいないからだ。けれども、メルケルの懐疑とはうらはらに、オバマのアメリカ国内支持率は大統領就任1年後の2010年になんと80%を記録。同年、オバマケア(医療保険制度改革)に署名する姿を見て、さすがのメルケルも、オバマが口先だけではないのを認めないわけにはいかなかった。

 メルケルとオバマの関係が良好だったのは、オバマが真のフェミニストであることによるところも大きい。女性に任せれば、世界の問題の半分は解決するというのが、オバマの口癖だった。プーチン(ロシア大統領)、エルドアン(トルコ大統領)、ネタニヤフ(イスラエル首相)、のちのトランプと、トラブルの元凶は男だからだ。

 しかしその後元CIA職員エドワード・スノーデンが数々の機密文書をアメリカのワシントン・ポスト紙とイギリスのガーディアン紙で公表。そこで明らかになったのが、オバマ政権がドイツ国内の電話を盗聴し、メールを盗み見ていたという事実である。さらにメルケルのプライベートな携帯電話が盗聴されていたことも判明した。この事実によってメルケルはオバマに激怒し、両国の信頼関係は崩壊した。』





 評伝にはこのようなエピソードが書かれているのだが、自分が気になったのは「女性に任せれば、世界の問題の半分は解決するというのが、オバマの口癖だった。」という部分だ。そしてプーチン、エルドアン、ネタニヤフ、トランプと書かれたトラブルメーカーたちの名前だ。今ならここにボルソナロや習近平の名前をつけ加えてもいいかもしれない。「女性に任せれば解決する」という考え方には自分も同意する。とくに政治の分野においては。日本の酷い政治が長年続いているのはそうでなかったからかもしれない(河井案里元参議院議員や無免許当て逃げ事件を起こして辞職した東京都議のような例外ももちろんいるけれど)。そういう意味では立憲民主党の代表選挙も唯一の女性候補である西村氏を応援したくなる。

 スウェーデン国会で24日にロベーン首相の後任として選出された与党・社会民主労働党党首のマグダレナ・アンデション氏(54)が同日、辞任した。連立を組む緑の党が政権を離脱したことから、「政府の正統性に疑問が生じかねる」として辞表を提出。同国初の女性首相に選ばれてから半日足らずで異例の退陣劇となった。これは残念なニュースではある。




 しかし日本では、相も変わらず毎日本当に明るいニュースがない。


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冬晴れの空に月が浮かんでいる。








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この現実 

 けさ愛知県の中学校の校内で、3年生の男子生徒が同学年の男子生徒に包丁で刺されて死亡した。事前に包丁を購入するなど犯行は計画的と見られるが、二人の間に何らかのトラブルがあったのかどうかはまだ分からない。

 19日の深夜、兵庫県で民家が全焼して小学生の兄弟二人が焼死した。焼け跡からは可燃物の液体成分が検出されており放火と見られている。火災直後に行方が分からなくなっていた同居していた伯父が大阪市内で発見され、警察の事情聴取を受けている。この叔父が放火したのだろうか。

 22日鎌倉市の住宅で、この家に住む78歳の男性が腹部などを指されて死んでいるのを妻が発見した。警察は46歳のおいを殺人の疑いで逮捕した。犯行を認めているが殺意は否定しているということだ。

 昨夜埼玉県戸田市の路上で、交通の検問をしていた警察官が声をかけた男にいきなり刃物で切りつけられ4人がけがをした。逮捕の瞬間を撮影した映像をみたが、大勢の警官に囲まれて刃物を振り回す男の異様な姿が映されている。まるで刑事ドラマを見ているようだが、警察官たちもよく全員軽症ですんだものだ。



 これらの事件はすべてこの3、4日間に立て続けに起こったことだが、報道を見ていて、一体日本はどうなってしまったのだろうと思わずにいられない。日本の社会は知らないうちに大きく変わってしまったのだろうか。凶悪犯罪の少ないかつては安全だった平和な日本社会はすでに幻想に過ぎないのか。このところいきなり刃物で刺される通り魔事件も続発している。電車内で乗客の男性を刺した上に放火した犯人が捕まったが、「死刑になりたかった」というのが何とも理不尽な犯行の理由だ。家族や親族を殺害するという事件も最近多発している。

 このような犯罪の多発の背景には今の社会の経済不況や政治の不安定さ、長引くコロナ禍などがあるのだろうか。何の知識も経験もない自分などには原因も理由も分かりようはないが、その原因が解明されれば同様の犯罪は減らすことが出来るのだろうか。どうにも分からないが自分にとっては「不可解だ」としか言いようがない。しかし事件の結果が悲惨で救いようがないということだけは間違いない。


 もし「少子高齢化」「貧困化」「未婚化」「孤立化」「政治の腐敗」「コロナ禍」といった負の要因が複雑に絡み合って、どこにも逃げ場がなくなった人間が短絡的に犯行に結びついてしまうのだとしたら、おそらくその解決は困難だと言わざるを得ない。




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石油と冬型の気圧配置の話 

 政府が原油価格高騰に対する激変緩和措置を経済対策に盛り込んだ。ガソリン価格(全国平均ベース)がリッター当たり170円を超えた分について、石油元売り会社に対し最大5円の範囲で補填して小売価格の上昇を抑制するのだという。しかしこの補助金が小売価格に転嫁されるのかは分からない。

 原油価格の高騰を受け、米バイデン政権は23日、5千万バレルの石油備蓄を放出すると発表した。米国に協調して日本、中国、インド、韓国、英国などの石油消費国も同様に放出するようだ。供給量を一時的に増やし、価格を下げるねらいがあるが、米国の呼びかけで主な消費国が協調するのは、極めて異例だ。日本政府も国家備蓄の余剰分を初めて放出する方針を明らかにした。放出量は国内需要の数日分とみられている。しかし価格抑制に効果があるかどうかは不透明だ。

 おかしな市場経済だが、石油価格というのは需要と供給の関係で決まるものではない。投機の意味合いが強いからだ。コロナ後の景気回復で高値だった原油先物価格が下がったと思ったら、バイデン大統領がFRBのパウエル議長の留任を発表した途端に今度は値上がりした。末端の利用者に関係なく石油価格は操作される。価格を決めるのは利用者ではなく、需給の関係でもなく、石油で儲けようとしている人たちの思惑次第で決められる。

 このところ石油に関するニュースばかりだ。日本国内のガソリン価格もなかなか下がらない。しかし思うのだが、石油の高値が続けば脱石油の動きが加速されて、「脱炭素」「カーボンニュートラル」の流れも同時に加速されるのではあるまいか。石油の高値が続けば企業は代替エネルギーの導入に一層熱心に取り組むからだ。石油価格が高い方が地球環境にはプラスということになる。果たして現在の石油「騒動」は今後どうなるのか。



 天気予報の衛星画像を見ていたら、日本海には「寒気の吹き出しによる筋状の雲」がびっしりと映っている。この言葉も久しぶりに聞いた。今日は北海道は平地でも雪が積もるところがあり、東北から北陸にかけての日本海側では雨や雪が強まると言っていた。対して関東は全域で乾いた晴天だ。北風が強くなってくる季節でもある。今朝は今季一番の寒さというところも多い。日本列島の日本海側と太平洋側で天気がはっきり二分される冬独特の現象が早くも始まった。「西高東低」という言葉が頻繁に出てくるのももうすぐだろう。


20211124_074133快晴
朝から雲一つない快晴だ。



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不穏な人 

 カレンダーを見たら今日の日付が赤くなっている。何だろうと思ったら「勤労感謝の日」で祝日だった。「学生」や「勤労者?」だった時には祝日を忘れるなどということは絶対になかったが、毎日が日曜日や祝日のような身分になってみると、関心も感動もなくなる。

 昨日の日付を見ると「小雪」と書いてある。若い人はこれを「こゆき」と読むらしい。もっとも二十四節気などにあまり関心もないのだろうが。「雪が降り始める頃」と書いてあるが、きっと北国の話だろう。まだ「積もるほどは降らない」という意味かも知れない。今朝新聞を取りに玄関の戸を開けたら寒くて驚いた。昨日までとまったく空気の質が違う。今年一番冷え込んだのではあるまいか。たしかに先週の天気予報で「寒気が入ってくる」と言っていた。関東地方もそろそろ冬本番ということだろうか。来週はもう師走だ。


 まったく関係ないが「不穏」とは辞書でひくと「穏やかでないこと。物事や世の中の状態が安定していないこと。治安を乱すおそれのあること。険悪。」と書いてある。医療用語では「患者が穏やかな状態でないこと。あるいは興奮することが予測できる状態にあること。」「周囲への警戒心が強く、落ち着きがなく興奮している状態。」などと説明されている。「不穏な空気」というと、「険悪、危険な状態。好ましくないことが起こりそうな雰囲気。」とも書かれている。今日本や世界は「不穏」だろうか。自分はいま「不穏」だろうか。しかしやはり「不穏」はだめである。

 今朝の空を見てそんな「不穏」を感じたが、考えすぎか。

20211123_085540空

 テレビでノルウェーの特集をやっていたが、ムンクの「叫び」は叫んでいるのではなく、恐怖を感じて耳を両手で抑えているのだという。おそらくあの絵の主人公もあの時「不穏」を感じていたのに違いない。想像だが。







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日本人 

 欧州各国で新型コロナウイルスの再拡大が起こっている。18日ドイツでは1日の新規感染者が6万5000人と過去最多になった。オーストリア、オランダなどでも急増しており、クリスマスを前に各国政府は規制強化の動きを強めている。各国のロックダウンやワクチン接種義務化の方針に対して、反対する大規模なデモも各地で起こっている。各国ともワクチン接種が60%を超えているが、その後の伸び悩みも報道されている。専門家は集団免疫の効果が出ていないと語っている。新規感染者はお隣の韓国でも急増している。

 一方の日本では、昨日の全国の新規感染者は50人、東京が6人という驚くような少なさだ。8月には日本全体で2万人、東京都で5000人超だったのが嘘のようである。東京オリンピック直前の4月ごろには、ワクチン接種者が国民の4%などと言われて政府がその遅れを厳しく批判されたが、現在2回接種した人は76.2%とG7の中では接種率が最も高い。

 日本の国民も欧州の現在の状況を見て気持ちを引き締めてくれればいいのだが、逆に「日本はもう大丈夫だ」などという風潮が広まって欧州同様の悲惨な結果にならなければいいと思う。しかし今回のコロナ禍について、欧州と日本の国民感情を比較してここまで違うものなのかとつくづく思った。

 多くの日本人はコロナやワクチンを「政治的問題」と捉える人が少ない。マスク着用や外出規制を「自由の侵害だ」などと捉える考え方も少ない。規制に対する反対デモなどもごく緩やかで小規模だ。政府から言われなくても黙ってマスクをして政策には従順だ。逆にマスクをしない人が白眼視されたりして、「同調圧力」などという奇妙な言葉も良く使われる。「個」の意識が元々低いのだろうか。周りと同じことをしていれば安心という意識が強いのだろうか。「寄らば大樹の陰」という思想は日本人のDNAに古代から脈々と刷り込まれてきたのだろうか。

 一つだけ思うことがある。日本人独特のこのような国民意識は、今回の新型コロナウイルス対策にとっては間違いなくプラスに働いた。しかしこれがどんなときにも同じように良い結果を招くかどうかは、誰にも分からない。




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不毛の人 

  東京都議選期間中の7月、無免許運転で人身事故を起こしたとして、道路交通法違反容疑などで書類送検、7回にわたる無免許運転で在宅起訴された木下富美子都議(55)が今夕都庁で緊急会見し、議員辞職することを明らかにした。

 しかし記者会見の冒頭だけ見ていたがあまりにも自分勝手な理屈ばかりで、馬鹿馬鹿しくて見るのを止めた。都民も国民も都議時代の彼女の実績や思い出話など聞きたくもないだろう。「議員報酬が欲しくて辞めないで続けていたわけではない」と言うが、じゃあなぜ辞めなかったのかがまったく分からないし、一番肝心なここのところを明確にしないままだった。

 都議会から二度の辞職勧告決議案を出されながら、まったく都議会にも出席せずに数か月も雲隠れしていた理由も説明しない。大体少しでも順法意識や規範意識がある人間なら7回も無免許違反や当て逃げなどしない。その時点で議員に相応しくないというべきだ。無免許の当て逃げ事故が公になった時点で、本来なら辞職して当然だった。それをしなかった当人の神経がまったく理解できない。




 この人間が今後どうなろうが関心などないが、同類のような人間が都議会だけでなく国会議員の中にも大勢いるのだろうと思うと本当に嫌な気持ちになってくる。一体何のための選挙なのか。





 この聞き覚えのある歌は「ジョニー、あなただと分からなかった」というタイトルで、両手足を失ってセイロン島の戦地からアイルランドに帰国したジョニーという名前の悲しい兵士を描いたもの。反戦歌としても知られている。例によって辞職した無法者の都議会議員とはまったく関係がない。





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街の景観のこと。 

 外国の街を旅する番組をテレビでよく見る。自分は海外旅行に行かないのでテレビや映画で見るしかないわけだが。なぜ行かないかと言えば金がないのと、飛行機に乗るのが嫌いだからだ。そして外国の街並みを見るたびに、どうして日本とこれほど違うのだろうと思ってしまう。どの街を見ても美しい。もちろん撮影するときはカメラ映りのいい場所を選ぶということもあるだろう。



 それでも日本と決定的に違うものがる。まず外国の街では電柱や電線をほとんど見ることがないということだ。。
日本と海外の無電柱化率-1電柱
 これは2013年の資料だから現在と多少違うかもしれないが、ロンドン、パリ、ベルリンなど欧州の主要都市の無電柱化率はほぼ100%だ。ニューヨークも72%ある。対して東京は7%である。現在でもこの数字はほとんど変わっていないようだ。日本で電柱の地中化が進まなかったのは戦後の経済困窮にあったようだ。もっと他に優先的にやらなければならないことがたくさんあったのだろう。道路が狭いということもあったかもしれない。地中化するには莫大な予算が必要だ。それは東京都の予算をもってしても簡単ではないのだろう。しかしこの比較を目の当たりにすると言葉もない。

 しかし思うのだが、無電柱化率というのは文化度に比例しているのではあるまいか。欧米やアジアの主要都市と日本とのあまりの違いを見てそんなことを思う。日本は街の景観を美しくすることよりも高層ビルや高速道路やダムなどを作ることが優先事項だったのではないか。そこにあるのは「実利と経済」である。電柱を止めて地下に埋設しようという行為は儲からないから、そもそも発想できなかったのではあるまいか。そんな気がする。

 海外の街が美しい理由のその二は日本のような醜悪な看板が少ないことだ。それは新宿や渋谷の繁華街を歩かなくても、自分の住んでいる街の駅前周辺を少し歩けばすぐわかる。日本の看板のほとんどに美的感覚など関係ない。ただ目立てばいいのである。そういう看板が多すぎる。だから出来るだけ大きく派手な色や装飾を施す。ネオンサインや電飾になるともう最悪である。この原因はおそらく法的な規制がまったくないからだろう。国や自治体が法律や条例で厳しく規制すればこんな野放し状態にはならない。

 その三は欧州などでは建物の壁や屋根の色が統一されて美しいことだ。日本は古い城下町や宿場町の一部に、同じような古い建築物が保存されて街の景観が守られているところがあるが、それは本当に例外的だ。スペインやイタリアやギリシャなどの映像を見ていると、屋根材も色も統一されて建てられているから町全体の風景がとても落ち着いて美しく見える。これも看板同様日本ではまったく規制がないから、各自が好き勝手に好みの色や材質形状のものを使うからまるで「まとまり」がない。


 ほかにも理由があるかも知れないが、自分はこの三つが大きいのではないかといつも思っている。江戸時代くらいまでの日本人というのは「風流」や「粋」や「佇まい」といったものを大事にしたのではないかと思うのだが、いつからこれほど鈍感になってしまったのだろう。自分がそうではないなどと言うつもりはない。最近自宅の屋根と外壁の塗装をしたのだが、その色を決めるときに自分は周囲の家や「街並みの調和」などということをまったく考えなかった。自分も多くの日本人と何も変わらない。

 しかし一旦こうなってしまうと、日本で統一感を持たせた街づくりをするなどということは至難の業だろう。大地震でも起こってすべての建物が倒壊して、一から街づくりを始めるなどということになれば可能性はあるかもしれないが、そんなことを言ったらもちろん顰蹙を買ってしまう。生きるか死ぬかの話ではないと言われればその通りだが、何と言ったらいいのか。



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20211122_083628ピンク

 シャコバサボテンの花が随分咲いてきた。この花を見ると年末が近づいたなと、毎年感じる。




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旅の風景 

 夜になって関東では雨が降り始めた。明日は一日天気が悪そうだ。このところ比較的いい天気が続いたのだけれど。来週は寒気がやってきて最低気温が一桁の日が続くと予報で言っていたが、もう師走が近いのだからそんなものだろう。

 ネットの無料映画やドラマを結構よく見ているのだが、毎週見ていた「メンタリスト」「Dr.モーガン」「刑事ファルコ」「ブルーブック」などの連続ドラマが軒並み終わってしまってがっかりしている。「コールドケース」も再放送を待っているのになかなかやってくれない。

 時々テレビを見ていて、最近随分「自転車で旅する番組、走る番組、電車旅の番組、バス旅の番組」といったものが多くなったような気がする。コロナで旅行や外出の自粛が求められるようになったことと関係あるのだろうか。出かけたくても出かけられない人たちの欲求不満を解消する効果があるのだろうか。緊急事態宣言が出ていた時は過去に撮影したものを再放送したりしていたが。自分は「火野正平のこころ旅」や「ふらっとあの街旅ラン10キロ」などを時々見る。関口知宏の「ヨーロッパ鉄道旅」も好きで良く見ていたが、最近は放送していない。

 昔から出不精で旅行も滅多に行かないから、これらの旅番組を見ていると結構新鮮な気分になって楽しい。でも食事や飲食店などにはあまり興味がないので、食べたり飲んだりが多い番組は敬遠する。観光名所の人ごみも見たくないので、田舎や何気ない印象的な場所が登場するような番組が好きである。あとは山や海の美しい風景とか。なるべく人があまり出てこないほうがいい。そういう意味では「こころ旅」や関口知宏の番組は好感を持っていた。番組制作者がどういう視点で作っているかが好き嫌いの分かれ道だ。人が大勢出てきて会話のうるさい番組は好きではないので、「鶴瓶の家族に乾杯」みたいな番組は絶対に見ない。単純な好き嫌いというか好みの問題だが。

BGMだけを流してあとはひたすら風景だけを写してくれるような番組はないかと思うが、あまり見たことがない。






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